東京高等裁判所 昭和53年(行ケ)172号 判決
一 請求の原因一ないし三の事実は当事者間に争いがない。
二 そこで、原告主張の審決取消事由について判断する。
1 取消事由(1)について
本願発明の要旨が右当事者間に争いのない請求の原因二の特許請求の範囲に記載されたとおりであることは原告の認めるところであり、これによれば、特許請求の範囲(c)に記載された本願発明の要件(c)がその前段部分である要件(C1)と後段部分である要件(C2)に分けられることが明らかである。
そこで、要件(C2)と要件(a)、(b)、(C1)との関係について検討し、第二、第三引用例が要件(c)を具備するかどうかについて考察する。
(一) 成立に争いのない甲第二号証によれば、本願明細書は発明の詳細な説明の項において、要件(C2)に関して、その図面の第四図(別紙第三図)に示す実施例について、「機械方向の糸16は屈曲部をもつており、(以下横方向屈曲という)、これは織物の縦糸を含む平面内において機械横方向に屈曲しており、従つて織物のいずれの面から見ても機械方向の糸16は左右に屈曲している。」(同号証六欄一八ないし二二行)と説明し、要件(C2)を具備していることを横方向屈曲と呼び、「後述する如く横方向屈曲は、(a)不変形性の材料の使用、(b)機械方向の糸16をほぼ同一縦糸を含む平面内に配置すること、(c)前述の如き密集した組織の採用、によつてもたらされる。」(同欄三四ないし三八行)と記載していることが認められる。右の(a)が特許請求の範囲の要件(a)の「不変形成の縦糸および横糸」の要件を、同(b)が要件(b)を、同(c)が要件(C1)をそれぞれ指していることは前記本願発明の特許請求の範囲及び同号証により明らかである。
そして、同号証によれば、本願明細書は右記載に続き、本願発明の織物は、抄紙機に取付けられて運転され高い機械方向張力を受けても右横方向屈曲が維持され、機械方向糸の伸長は無視できる程度のものであるという効果を生ずるものであることを述べ、その要因を、「すべての機械方向の糸16はほぼ同一平面内にあり、従つて張力が機械方向に矢T―T´で示す如く加えられたとき、機械方向の糸16が受ける直線化傾向は同一平面内における機械横方向の運動となつて表われる。この横方向運動は機械方向の糸16に矢F―Fで示す力を隣接する機械横方向の糸14に及ぼす。しかしすべての糸が不変形性であるから、機械横方向の糸14は同じ大きさの抵抗力を矢F´―F´に示す如く与え、これによつて機械方向の糸16の横方向屈曲が失なわれることを阻止する。」(同七欄七ないし一七行)と説明していることが認められる(別紙第三図参照)。
右の説明によれば本願発明における機械方向糸の横方向屈曲すなわち要件(C2)は要件(a)、(b)、(C1)を具備した場合に生ずるものであり、この横方向屈曲は抄紙網が抄紙機に取付けられて機械方向の張力を受けても維持されるべき横方向屈曲を指すものであることが認められる。
被告は、要件(a)、(C1)が具備すれば、要件(b)がなくとも(C2)の状態すなわち横方向屈曲が生ずると主張する。しかし、要件(b)を満たしていない場合に機械方向糸を要件(C1)のとおり前記密集した組織にしても、機械方向糸は横方向糸と交叉する個所で大きく上下に屈曲して横方向糸を受入れてしまい、横方向に屈曲しない場合があることが明らかである。被告が別紙第一図とその説明において主張するところは、常にHmaxがDより大きいことを前提とするものであるが、要件(b)を欠く場合、原告が別紙第二図で示すとおり常にHmaxがDより大となるとはいえないので、右の主張は失当である。また、右別紙第一図の織物の場合、横方向糸の下で交叉する機械方向糸を横方向糸の上で交叉する機械方向糸より大きく上方に位置させているが、機械方向糸と横方向糸とを交叉させて織物として織成する場合、各糸が互いに張力をかけ合つて交叉しなければならないため、横方向糸の下で交叉する機械方向糸が横方向糸の上で交叉する機械方向糸より常に下方に位置することは、本願明細書(前掲甲第二号証)の第三図、第三引用例(後記甲第五号証)の第二、第四、第六、第八図に照らし明らかであり、右別紙第一図のような織物を織成することはありえないものといわなければならない。したがつて、このような織物を例とすることによつて本願明細書の前記説明を覆えすことはできないというべきである。被告の右主張は採用できない。
(二) 第三引用例に示される織物が本願発明の要件(a)と(C1)を具備しており、要件(b)を具備していないことは当事者間に争いがない。
被告は右の要件を具備する第三引用例の織物は当然に要件(C2)を具えるものであり、第三引用例の図面をみれば機械方向糸が横方向に屈曲していることは一目瞭然であると主張する。しかし、前叙のとおり、本願発明の要件(C2)は要件(a)、(b)、(C1)を具備した場合に生ずるものであり、その横方向屈曲は抄紙網が機械方向の張力を受けても維持されるべきものでなければならない。また、前掲甲第二号証により認められる本願明細書の「機械方向の糸16は上記のように横方向屈曲が保持されるので、機械横方向の糸14が相互にまた機械方向の糸16に対して運動を行わないことが判つた。これは横方向に屈曲した機械方向の糸16と垂直に屈曲した機械横方向の糸との係合作用によるものと考えられる。さらに、機械横方向の糸14の機械方向への変位および織物12の間隙部への運動は間隙部の梯形形状によつて抵抗を受ける。即ち機械横方向の糸14は織物の開口部18のくさび形の端部に入りこもうとする傾向が殆んどない。」(同欄一八ないし二九行)との記載によれば、要件(C2)は他の各要件と相まつて、機械方向糸の横方向屈曲と横方向糸の垂直屈曲との係合作用により横方向糸が相互に又は機械方向糸に対してほとんど変位を生じないとの効果を生じるものであることが認められる。
これに対し、第三引用例の織物は、要件(b)を欠くため、その縦糸(機械方向糸)は垂直方向に上下に屈曲することによつて横糸(機械横方向糸)の交錯を受け入れることとなり、また、その横糸も機械方向に屈曲することとなり、本願発明の前記効果を奏するものではないと認められる。したがつて、仮に第三引用例の図面上機械方向糸に横方向の屈曲がみられるとしても、この横方向の屈曲をもつて直ちに本願発明の要件(C2)を具備するものと速断することはできない。また、成立に争いのない甲第五号証により第三引用例を検討しても、第三引用例において本願発明において示された前叙の意味と効果を有する横方向屈曲を開示し又は示唆する記載はない。
右に述べたことは、第二引用例についても同様に当てはまる。また、成立に争いのない甲第四号証により第二引用例を検討しても、右同様、本願発明の横方向屈曲を開示、示唆する記載は見当たらない。
(三) 以上のとおりであるから、審決が「第二引用例の抄紙網も機械方向の糸は横方向に屈曲するものであるということができる。」とし、「本願発明の構成要件(c)は第二引用例に記載されている。」とした認定は、誤りといわなければならない。
2 取消事由(2)について
前掲甲第二号証によれば、本願発明は、(イ)抄紙網がその使用中に機械方向に伸長しないという効果と(ロ)横方向糸が相互にずれたり、機械方向糸に対してほとんど変位しないという効果を生ずるものであることが認められる。
そして、右1において摘記した本願明細書中の記載によれば、本願発明の抄紙網が抄紙機に取付けられ、機械方向の張力が加えられたとき、機械方向糸の伸長を防止すること、すなわち(イ)の効果を奏するのは、要件(a)を備えていることを当然の前提として、機械方向糸の垂直屈曲を減少させている要件(b)のみではなく、要件(c)における機械方向糸の横方向屈曲と横方向糸の垂直屈曲との係合作用にもよるものであることが認められる。また、(ロ)の効果は、機械方向糸がほぼ同一平面内に配置されること(要件(b))により、横方向糸が機械方向糸と交叉する位置において、横方向糸が急角度に屈曲して機械方向糸に挟まれて保持されるとともに、織物の開口部のくさび形の端部に入りこめないことにより生ずるものであることが認められる。
被告は、(イ)の効果は要件(a)(b)により、(ロ)の効果は要件(a)(c)により生ずるもので、本願発明の効果は右各要件により直接導き出せる効果の総和にすぎないと主張する。そして、確かに要件(a)(b)が備われば機械方向糸が伸長しない効果がある程度生じ、また、要件(a)(c)が備われば横方向糸が相互にずれたり機械方向糸に対してほとんど変位しない効果がある程度生ずることは理解できるが、本願発明の要件(a)(b)(c)が具備されたとき右の各効果は一層増大されることは前叙認定の事実から明らかであり、本願発明の(イ)(ロ)の効果はこのように増大された効果をいうものと認められるから、被告の右主張はこの点において既に理由がない。
しかも、(ロ)の効果が仮に被告主張のとおり要件(a)(c)により生ずるとしても、第二、第三引用例が要件(C2)ひいては要件(c)を欠くものであることは前叙のとおりであるから、この効果は第二、第三引用例に示されているということはできず、第二、第三引用例から予測できる効果ということもできない。
したがつて、被告の右主張と同趣旨の審決の認定判断は誤りといわなければならない。
3 以上のとおりであるから、原告主張の各取消事由は理由があり、審決の前記認定判断の誤りが結論に影響を及ぼすことは明らかであるから、審決は違法として取消を免れない。
三 よつて、原告の本訴請求を正当として認容する。
〔編註その一〕 本件における特許請求の範囲は左のとおりである。
(a) 網ベルトの機械方向に延在する糸および網ベルトの機械横方向に延在する糸を織成するための、上記機械横方向の糸が上記機械方向の糸の横方向屈曲と係わる部位において、これら上記機械横方向の糸が隣接した機械方向の糸の間で交叉しないように織り上げられてなる不変形成の縦糸および横糸、
(b) 上記機械方向の糸の、上下の屈曲を減少するために、上記機械方向の隣接した糸の糸軸間の上下方向の距離を上記機械横方向の糸の直径よりも小さくしてなること、
(c) 上記機械横方向の糸の直径を、その上記機械横方向の糸と交叉する機械方向の糸と接する点において測つた上記機械方向の糸の隣接表面間の算術平均的間隔よりも大きくなし、これによつて機械方向の糸どおしの隣接距離を織成物の機械方向に沿つて連続的に変化するようにして上記機械横方向の糸の交叉を受入れるようにしたこと、を特徴とする抄紙網ベルト。
〔編註その二〕 本件に関する図面は左のとおりである。
別紙第一図及びその説明
<省略>
説明
D:機械横方向糸の直径
Hmax:機械方向糸と機械横方向糸が交叉している位置における機械方向糸の隣接表面間の距離
H:機械方向糸と機械横方向糸が交叉していない位置における機械方向糸の隣接表面間の距離
h:機械方向糸の隣接表面間の算術平均的間隔
V:機械方向の隣接した糸の糸軸間の上下方向の距離
図示のように、HmaxはDより大きい。すなわち
Hmax>D:(1)
図示の例では、VはDより大きく、したがつて、要件(b)を満たしていない。すなわち
V>D:(2)
一方、hは要件(C)に従えば、Dより小さい。すなわち
h<D:(3)
(1)と(3)から明らかなことは、HはDより小さくなければならない。すなわち
H<D:(4)
したがつて、(1)と(4)より、機械方向糸の隣接距離は機械方向に沿つて連続的に変化する。
この状態は、要件(b)を満たしている場合と満たしていない場合のいずれについても当てはまる。
それ故、機械方向糸の横方向屈曲は、機械方向糸の垂直屈曲と無関係である。
別紙
<省略>
別紙
<省略>